三つ峠
2003年(平成15年)12月14日


メ モ
三つ峠は最高峰の開運山と御巣鷹山、木無山の三山を総称して呼ばれている。天候に恵まれれば開運山の頂上からは富士山はもとより南アルプス、八ヶ岳、奥秩父、丹沢などの展望が得られ、その雄大な眺めは第一級のものだ。三つ峠に登る目的はこの山岳展望にあるため、その登頂の時期は空気が澄んでいる晩秋から初冬にかけてが適している。そして天気予報によるとこの週末は天気が良いと言うことなので、絶好の機会と考えて三つ峠へ出掛けることにした。
13日の夜9時30分ごろに家を発ち、京阪と近鉄とを乗り継いで京都駅には10時40分頃に着く。十数人の乗客を乗せた八王子行きの夜行バスは定刻の11時10分に八条口の京阪ホテルを発車した。三条と山科に停車したあとは名神と中央道を走り続ける。あまり眠れないうちに明くる14日の早朝6時に京王八王子駅に到着。まわりはまだ暗いが夜明けは近い。
バスを降りてJR八王子駅まで行き、午前6時34分発の松本行き普通電車に乗り込む。走るうちに朝日が昇り始めて夜が明けて行く。空には雲一つなく快晴の好天気だ。高尾、相模湖、猿橋などの駅を過ぎて大月には7時21分着。ここで7時23分発の河口湖行き富士急電車に乗り換える。電車は2両編成で車内は割合空いている。富士という名前が付く電車だけあって、大月を出ると間もなく車窓から真っ白な富士山が見えてくる。右や左に小さなカーブを切りながら走るので、右手に見えたかと思えば今度は左手に見えたりするため、まるで富士山が幾つもあるように思われた。
都留市を過ぎてしばらく行くと右手前方の車窓に山頂が幾つかの頂きからなる山が見えてきた。頂上にはアンテナが林立している。もしかしたらあれが三つ峠かも知れないと思って地元の高校生風の乗客に聞いてみると果たしてそのとおりだった。富士急の三つ峠駅から山頂までは4時間かかると言うことだが、今見える三つ峠は思いのほか近くに感じられ、2、3時間で軽く登れそうな気がした。当初の予定では三つ峠登山口まで行って裏道を登るつもりで来たのだが、こんなに間近に目的の山を見てしまっては見過ごして回り道をして行く気にはなれない。と言う訳で急遽予定を変更して表登山道を登ることにして三つ峠駅で下車した。この駅で降りたのは他に単独行の男性だけだった。
電車を降りてまだ日が差さないプラットフォームに立つと朝の冷気で体が冷える。しかしこれから登る三つ峠は既に明るい日差しを存分に受けており、その頂きの上には青い空が広がっている。一刻も早くあの頂に立って初冬の清々しい富士山を拝めることを願って駅を出発した。


行 程


三つ峠駅

登山口

八十八大師

開運山

御巣鷹山

木無山

府戸尾根

天上山

距離     :  14.8km
最大標高差: 1,171m
累積標高  : 1,298m
 





天 候

快 晴
(気象庁 : 過去の天気図)   

山行記録

 
 三つ峠駅を出発したのは7時50分頃。中央線の電車の中で朝食を済ませてきたので改札を出てそのまま歩き出す。
駅から大月方面に少し戻り、JRのガードを潜り抜けて下暮地の集落を通って行く。


 
 頻繁に往来する車に注意しながら20分ほど行くと、“三つ峠グリーンセンター”というリクレーション公園に着く。
大きな案内板が立っているので見てみると、三つ峠頂上までまるで絶壁を登るような登山道になっている。
少しオーバーな表現かも知れないが急登が続くことには違いないだろう。


行く手正面には三つ峠が大きく聳えている。


 
 柄杓流川に沿ってさらに車道を緩く登って行くと三つ峠の守護神を祀る“山祇神社”に着く。


 
 三つ峠という名や神社の由来が説明されている。


道は神社から先の“さくら公園”や釣り場を過ぎて緩い傾斜で続いて行く。
その後、写真の“神鈴の滝”や“涼風荘”、立派な駐車場のある“憩の森公園”などを通り過ぎて行くが、
舗装された車道はこれでもかこれでもかとでも言うように何処までも続く。
その間に三つ峠は頭上に見上げるほどに近づいてきている。



 
駅から1時間強歩いてようやく9時頃に車道から離れて登山道に入って行く。
実質的にはここが登山口だ。


 
 すっかり小さくなった柄杓流川を渡って少し行くと達磨石に着く。
達磨石と言っても達磨の形をしているわけではなく、達磨に良く似た形の石碑に梵字が刻まれているものだ。
側にベンチがあるので小休止する。


 
達磨石から一登りした後一旦車道に出て再び登山道となると、そのあとはつづら折りの急坂が続く。
樹林の中で展望もなく、深く掘れた溝状の道をただひたすら登り続ける。
達磨石から30分ほどで“大曲り”と書かれた尾根の上に出る。ここで道は左に折れる。


 
大曲りから一登りすると”股のぞき”に着く。ここからは富士山の上半身がくっきりと見える。
ベンチの上に立ってその清冽な姿を写真に収めた。


 
 股のぞきから道は右に折れてゆく。20分ほどして10時に“馬返し”に着く。
道はここから一段と傾斜を増して来る。文字どおり馬はとても通れそうにない道だ。
馬返しからあとには“愛染明王”や“不二石”など、三つ峠が信仰の山でもあることを物語るような案内板が随所に立ててあった。


 
 さらに急登を続けて10時45分に“八十八大師”に着く。
このあたりの標高は既に1600mあるらしいが、このような高所に何十体もの石地蔵が祀られているのを目の当たりにして、
人力しかなかった時代によくも運び上げたものだと思う。


 
 沢山のお地蔵さんに着けられた桃色の前掛けが、遠くから見るとまるでツツジの花が咲いているように見えた。


 
 八十八大師の石仏


 
 八十八大師で急登は終わり、道は尾根から外れて屏風岩に向かってトラバースするようになる。
この巻き道の途中にも“十一面観音”や“一字一石供養塔”といった信仰登山の名残の跡がある。


 
 巻き道の途中にはガレ場があり、頭上には覆いかぶさるように三つ峠の山頂部が迫る。


ガレ場を横切る途中で、府戸尾根を前にした富士山の素晴らしい眺めが得られた。


 
 その後登山道は切り立つ岩壁の下を通って行く。
何かの建物が崩壊したあとを過ぎて屏風岩の直下に着くが、いつ何時落石があるかも知れないので足早に通り過ぎる。


 
 岩壁には昨夜の冷え込みを示すかのように氷柱が光っていた。


そのあと最後の急登となる長い階段を喘ぎながら登って11時25分にようやく稜線に出た。
 そこは開運山と木無山との中間点ですぐ目の前に四季楽園という山小屋が建っている。
一旦緩く下り、富士見荘の前を通ったあと滑りやすい急坂を一登りして11時45分に開運山の頂上に到着した。
やはり駅から4時間を要した。



山頂で昼食をとる前にまず四周の大観を満喫することにした。
まず南側に見える富士山。正午近くになったために逆光気味となってしまって少し残念だったが、
表登山道を登る途中でその清々しい姿を充分眺めてきたので諦めはつく。


それを補ってあまりあるのは西の空に銀嶺を連ねる南アルプスの山々だ。
左手から聖岳、赤石岳、悪沢岳、塩見岳、農鳥岳、間ノ岳、北岳、仙丈岳、鳳凰三山、甲斐駒ヶ岳と
3000m級の峰々が横一線に展開する姿は豪快そのものだった。



聖、赤石、悪沢


白峰三山


仙丈、鳳凰、甲斐駒


北側にはかつて富士山と覇を競ったとされる八ヶ岳が左右に長い裾野を引いていた。
そのほか、甲府盆地の遙か彼方の北アルプスの白銀の峰々や八ヶ岳の右手の奥秩父の山々、東の彼方の丹沢山塊、
富士山の左手に霞んで見える天城連峰など360度の眺めを恣にする展望は飽きることがなかった。



 
1時間ほどを山頂で過ごしたあと12時40分に下山の途につく。
木無山へ向かう途中で三山の一つである御巣鷹山に寄ってみることにした。
しかし辿り着いた御巣鷹山の頂上は何本ものアンテナの塔に占領されて柵で囲まれていたので
その柵の周りを一周して登頂の証とした。


 
 御巣鷹山への分岐点に戻り、四季楽園の前から少し登って見晴らしのよい丘のようなところに出る。
そこから起伏の少ない道を進んで三つ峠山荘の前をとおり木無山を通り過ぎて府戸尾根に向かった。


府戸尾根は天上山までの6kmの間に標高差として僅か600mを下るのみという極めて平坦な尾根だ。
下りらしい急坂は殆どなく長い道のりを坦々と歩く。
途中、鉄塔が建つ眺めの良いところで休んだあと、
かなり歩き続けて緩い坂を一登りしてようやく天上山に着く。樹林に囲まれた山頂には小御獄神社の小さな社が祀られていた。
天上山を下り、遊歩道のような道を歩いて3時20分にロープウエイの駅に到着した。
駅の周りは公園になっていて、そこからは夕暮れが間近に迫った富士山が大きく望まれた。


振り返ると長い長い府戸尾根の稜線越しに三つ峠の頂を認めることができた。
その三つ峠に別れを告げてロープウエイに乗り込み河口湖に向かった。
 素晴らしい天気に恵まれ、初冬の富士山や南アルプス、八ヶ岳の展望を恣にすることが出来た今年最後の山行だった。




コースタイム
三つ峠駅(7:50)−登山口(9:00)−馬返し(10:00)−八十八大師(10:45)−開運山(11:45-12:40)
−木無山(13:20)−鉄塔(14:15)−天上山(15:20)


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