吾妻連峰
(弥兵衛平・西吾妻山)
2004年(平成16年)10月17日

メ モ
弥兵衛平小屋とも呼ばれる明月荘には16日の午後2時30分に着いた。霧が漂う樹林の中の小屋は静まりかえっていて人の気配がしない。誰もいないのだろうかと思って小屋の中に入ると先客が一人いて、他に2、3人のリュックが置かれてあった。先客に軽く挨拶をして靴を脱ぎ、梯子を登って2階に行くと2人分のリュックが置かれてあったが人はいない。2階の方が明るく静かだろうと考えて梯子と反対側の窓際にリュックを置き、寝袋などを取り出してしばらくくつろぐ。そのうちに次々と登山者が到着して最終的には20人ほどの泊まり客となった。
4時過ぎから夕食の支度をして5時前には食べ終わってしまう。そのあと水を補給するために5時ごろから金明水に行く。水場には10分ほどで着いたが、秋の夕暮れは早くあたりは急激に暗くなって行く。急いで小屋に戻ったがその時はもう真っ暗になっていた。2階に上がると殆どの人はもう寝ているような状態だった。暗い小屋の中では何もすることがない。少し早いが僕も寝袋に潜り込んだ。
秋の東北の高山ということもあり夕方からかなり冷えてきたので寝るときはセーターを着込んだが、夜半からの冷え込みはそんなものではとても防げるものではなかった。そのうえ外では強風が吹き荒れて凄まじい風の音がしていた。寒くてあまり寝られず、時々時計を見て時刻を確認するが、秋の夜は長く夜明けはなかなか近づかない。
そうこうしているうちに時計の針はようやく4時を回る。風の音もいつの間にか止んでいるようだった。天気が気になったので寝袋から出て窓から外を覗いたが、ガラスに水滴が凍り付いていてよく見えない。仕方なく外に出て空を見上げると降るような凄い星空だった。星の一つ一つが大きくキラキラと輝いている。まともに空を見上げるのが怖くなってくるほどだった。
好天気を確認して小屋に戻り、もう少し寝ようと思ったが一度起きてしまうとなかなか寝られない。5時近くになったので起きて朝食の支度を始める。そのうちまわりの人もようやく起き始めた。

行 程  
明月荘−弥兵衛平−籐十郎−人形石−梵天岩−西吾妻山−北望台

天 候 快晴


     

朝食を終えて小屋の外に出ると既にまわりは明るくなっていた。風もなく絶好の天気だが、その分冷え込みは厳しく冷たい空気には冬の匂いがした。5時45分に一晩お世話になった小屋にお別れをして昨日来た道を戻る。

木道にはうっすらと霜が降りているところもあり、滑らないように慎重に歩く。行く手には黎明の空の中に東大巓の黒いシュルエットが大きく横たわっていた。

 
 木道を緩く登って行き、樹林帯を出たところで振り返ってみると、
ちょうど広大な弥兵衛平湿原に朝日が差し始めるところだった。

湿原の右手には樹林の中に弥兵衛平小屋が見え、
その遙か彼方には蔵王連峰が朝日に輝く雲海の上に浮かんでいた。

明月荘と蔵王連峰

6時10分に縦走路に合流し、東大巓の山頂を巻くようにして進んで行くとやがて広々とした弥兵衛平に出た。
その弥兵衛平の中を木道が一直線に敷かれており、その果てには西吾妻山から中大巓にかけてのたおやかな山並みが
真っ青な空を背景にして一面に朝日を浴びていた。

 
 弥兵衛平からの西吾妻山と中大巓。

 
 まだ陽が差さない弥兵衛平を進んで行くと随所に見られる池塘の水面には氷が張っていた。
昨夜の冷え込みが厳しかったことがこれでも分かる。

中大巓との鞍部あたりを過ぎるころからようやく陽が差すようになってまわりが急に明るくなる。鞍部から緩く登って行くとほどなく大平温泉への分岐点に着く。時刻は6時50分。道標には籐十郎と書かれてあった。

籐十郎から人形石のある中大巓を目指す。“ヤケノママ”という変な地名への分岐点を過ぎて緩い登りの木道をゆっくりと歩いて行く。

 
 丈の低い樹木と池塘を散りばめた草原の中の道は延々と続く。
地図に籐十郎と書かれた小さなピークを巻いて、正面に中大巓を眺めながら明るい平坦な草原の中の木道を行く。

 
 やがて“いろは沼”と呼ばれる池塘群が現れ、そこを過ぎると道は少し急な登りとなって人形石に向かって行く。
地面から突き出た岩が点在する人形石の一郭に7時35分に着く。高所に来るとさすがに風が冷たい。

 
 そこから振り返ると伸びやかな東大巓から籐十郎や“いろは沼”までの
早朝から歩いてきた山並みが一望の下に見渡せた。

 
また東大巓の右手には昨日歩いてきた東吾妻の山々が青い影となって続いていた。
吾妻連峰の中心にある東大巓はその山頂こそ樹林に囲まれて展望は利かないが、
頂上から緩やかに四方に延びる広大な斜面には弥兵衛平のように草原や池塘などが随所に点在し、
山全体が高原のような印象を受ける。平ヶ岳や会津駒、巻機山などの上会越の山の雰囲気に近い。

そこからさらに進んで行くと今度はもっと広い開けた台地に出た。その端の方には大きな岩が積み重なっており、その上には“吾妻山高度指導標1963.6m”と書かれた標柱が立てられてあった。ここが人形石と言われるところのようだった。

人形石からしばらく行き、“かもしか展望台”への分岐を過ぎると道は大凹へと下って行く。眼下の大凹を隔てて対峙するのは梵天岩と呼ばれる西吾妻山の一郭のピークだ。

大凹へ下り着いたあとは木道を坦々と歩く。底部の真ん中付近で小休止してから先に進み、8時15分に水場を過ぎると今日一番の急登が始まるが、それも見かけほど長くはない。一汗掻いて樹林帯から抜け出て梵天岩に近づくとまたまた湿原の中に池塘が点在するところに出る。

大きな岩が積み重なった梵天岩には8時40分に到着する。ここも結構冷たい風が強く、じっとしていると寒くなる。

梵天岩の手前で少し登山道を外れて池塘のそばで東吾妻の山々を眺める。
昨日の朝、右端の東吾妻山を出発した小さな点が、一切経山、家形山、烏帽子山、昭元山、東大巓、中大巓と
幾つもの頂きを越えてここまでやってきたのだった。

梵天岩から東大巓と中大巓を振り返る。遠くには蔵王連峰も見える。
澄み切った空には相変わらず雲一つなく快晴の好天気だ。

 
 梵天岩から岩の多い道をしばらく行くと岩がゴロゴロと積み重なった明るく開けた台地に出た。
ここは天狗岩と呼ばれるところで、その端の方には吾妻神社の祠が建っている。
祠の右手遠くには青い空の中に山頂部が白くなった飯豊連峰がくっきりと見えた。

天狗岩からは樹林に覆われた西吾妻山が間近に見える。

天狗岩から少し下って窪地を行き、オオシラビソの中を登り返して9時5分に標高2035mの西吾妻山の頂上に辿り着く。この山頂は吾妻連峰の最高峰であり、またこの山行の終着点でもあったが、樹林に囲まれて展望が全く利かないのは残念なことであった。

 
 最終の目的地に到達したことに満足して山頂を辞し、西吾妻小屋に向かう。
樹林の中をしばらく下って行くと不意に明るく開けた平坦地に出る。その中に赤い屋根の西吾妻小屋があった。

 
 そこからは左手に磐梯山や吾妻連峰の最西端の高峰である西大巓も見える。

 
西大巓の山容はなかなか立派で、写真を撮るために見通しのよいところまで下って行った。
しかし少し下りすぎて写真を撮った後それを登り返すのに一汗掻かされた。

磐梯山もなかなか立派な山容だった。

帰途は中大巓まで戻ってリフトで降りることにした。
西吾妻小屋を後にして吾妻神社のある天狗岩には9時55分に着く。
吾妻神社から飯豊連峰の雄大な姿を眺めてから、梵天岩や大凹、“かもしか展望台”を経てリフト乗り場の北望台まで下った。

登ってくる多くのハイカーとすれ違いながら北望台には11時10分に着いた。
結構下ったようでも標高はまだ1800mを越えており、ここでも吾妻山の大きさを再認識した。
中腹の見事な紅葉を楽しみながらリフトとロープウェイを乗り継いで天元台経由で白布元湯に着いたのは12時20分だった。
2日間に亘る吾妻連峰縦走の山旅はこれで終了した。
白布湯元発午後1時5分のバスに乗り込み、相変わらずの快晴の秋空の下を米沢に向かったのだった。

コースタイム
明月荘(5:45)−人形石(7:35)−梵天岩(8:40)−西吾妻山(9:05)−天狗岩(9:55)−北望台(11:10)

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