鷲羽岳・水晶岳
1974年(昭和49年)7月

メ モ
北アルプスに登り始めて4年目。各主稜線の縦走を繰り返して残る主要なところは白馬以北、爺ヶ岳から鷲羽岳と立山から薬師岳の間となっていた。そのためか、この年は鷲羽岳から烏帽子岳の間を縦走し、未踏の水晶岳にも立ち寄った山行をしている。この鷲羽岳〜烏帽子岳間は前年の夏山で悪天候のため計画を断念したと思われる部分だった。
また、夏山シーズンでの山小屋の混雑にも辟易していたので、テント泊を始めたのもこの山行からだった。
鷲羽岳と水晶岳とを2泊で縦走するには新穂高温泉を起点とするのが当時でも一般的だったと思われる。山行記録によると、当時大阪から高山までの直通夜行列車はなく、新幹線で名古屋まで行き、夜行急行”のりくら”で高山まで行ったようだった。高山からバスで新穂高温泉に着いたときは午前8時ごろになっていたと思われる。
1日目は暑い夏空の下を小池新道で双六池まで行き、そこでテントを張った。初めての高山でのテント泊で少し気分が高揚していたことや、夜半外を覗き見ると北の空に北極星とこぐま座が輝いていたことははっきりと覚えている。
しかし2日目は前夜の予想に反して悪天候で、鷲羽岳を越えて雨の中を水晶岳に登り、野口五郎小屋に着いたときはテントを張る気力も失っていた。大きな荷物を背負って小屋に入り、超満員の部屋で休むしかなかったのだった。
3日目の最終日は何とか天気は持ち直したようだったが、水晶、赤牛、立山、劔などの山頂部は厚い雲に覆われたままだった。三ツ岳を越え、烏帽子小屋からブナ立尾根を下って葛温泉経由で大町から松本まで行き、松本から大阪に向かった。
このように北アルプスの縦走山行は3年連続して天候に恵まれないものとなった。

行 程
(国土地理院地図)

 
27日:新穂高温泉−鏡池-双六池(泊)
28日:双六池−鷲羽岳−水晶岳−野口五郎小屋(泊)
29日:野口五郎小屋−ブナ立尾根−葛温泉

天 候 27日:晴れ 28日:霧のち雨 14日:霧

 
 小池新道から穂高連峰を振り返る。

 
 3日目。野口五郎岳付近からの雲に覆われた水晶岳。
 
 野口五郎岳付近から、雲に覆われた赤牛岳。

 
 立山、劔方面。

 
 三ツ岳付近から燕、大天井などの表銀座方面。

 
 三ツ岳付近から餓鬼岳方面。

 
烏帽子小屋付近から赤牛岳と薬師岳。

 
 薬師岳。



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