木曽駒ヶ岳・空木岳
1974年(昭和49年)9月

メ モ
中央アルプスには昭和45年と47年に登っているが、いずれも木曽駒周辺のみで未だ南部には行っていなかった。そこで秋の連休を利用して空木岳までの主稜線の縦走を計画した。
当時信州方面へ夜行で行く場合は名古屋まで新幹線で行き、名古屋から急行“きそ号”を利用するのが常だった。時間的にもこの方法が最も早く現地に着くことが出来た。今回も同じ経路で塩尻まで行き、乗り換えを重ねて伊那に着く。伊那からタクシーで登山口の桂小場に向かった。
1日目の桂小場からの道は昔ながらの登山道で歩きやすかった。この道は大正時代に遭難した小学生たちが歩いた道でもある。胸突八丁を登り、将棋頭山を過ぎると馬ノ背から木曽駒ヶ岳へと続く稜線が大きく迫ってくる。このあたりが遭難現場で記念碑もあった。曇りがちだった空は本曇りになり、木曽駒山頂に着いた時は周りは霧に閉ざされてしまった。この日は前にも2度利用している宝剣山荘に泊まる。
2日目の天気もあまり良くなく、宝剣岳を越えて東川岳まで行く間に雪や雨などが降ってめまぐるしく天気が変化した。東川岳に至ってようやく青空が覗き始めて天候も安定してきた。東川岳で大きく近づいた空木岳を眺めたあと木曽殿越に下り、そこに立つ小屋に泊まる。小屋は超満員だった。
最終日は快晴の好天気となる。1時間ほどもかけて登り着いた空木岳からは南アルプスを始めとする大展望が得られ、今回の山行が計画通りに運んだことと併せて満足感を覚える。下りは駒ヶ根に向かって池山尾根を下った。

行 程
(国土地理院地図)

 
21日:桂小場−馬返し−将棋頭山−馬ノ背−木曽駒ヶ岳−宝剣山荘(泊)
22日:宝剣山荘−宝剣岳−桧尾岳−熊沢岳−東川岳−木曽殿越(泊)
23日:木曽殿越−空木岳−池山尾根−菅ノ台

天 候 21日:曇り 22日:曇り後雪後曇り後晴れ 23日:快晴


桂小場登山口から出発 将棋頭山まであと一登り
馬ノ背を経て木曽駒ヶ岳へ
2日目、不安定な天気の下空木岳を目指す
縦走路から熊沢岳を見る 檜尾岳から木曽駒方面を振り返る
東川岳から宝剣岳を振り返る 東川岳から甲斐駒ヶ岳遠望
東川岳から宝剣岳遠望
東川岳からの空木岳
3日目、空木岳山頂で
3日目、空木岳から木曽駒方面を望む
槍・穂高遠望 空木岳からの南駒ヶ岳
空木岳から南アルプス北部遠望(白峰三山、塩見岳)
塩見岳の左肩に富士山

空木岳から南アルプス南部遠望(悪沢、荒川、赤石、聖)
空木平から南駒ヶ岳を見る
空木平から空木岳を振り返る 池山尾根の下りで

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