谷川岳
1994年(平成6年)8月27日

メ モ
東京に単身赴任していた平成年の夏は晴天続きで暑さが厳しかった。その夏も終わりかけの26日の金曜日にふと思い立って谷川岳に行くことにした。
仕事から帰って支度をして中山の寮を出たのは午後9時ごろ。電車を乗り継いで上野駅に着いたのは午後10時20分。上野発午後1051分の越後湯沢行き普通列車は夏の間の週末(金、土)のみの運行だった。勤め帰りの人達にまざって登山姿の人も結構いた。
列車といっても通常の通勤電車と変わりがなく各駅に止まりながら通勤客を降ろして行く。高崎あたりになってだいぶ車内がすいてきて、水上を過ぎると残った乗客のほとんどは登山者だった。湯桧曽から新清水トンネルに入り、土合着は27日の午前13分。上野から3時間余りの間ついに一睡も出来なかった。ここで私を始めとしてかなりの人が電車を降りた。駅はトンネルの中にあり500段を越える階段を登って改札口を出た。
駅舎の中では大勢の登山者が仮眠をとっていた。
これからどうしようかと考えたが、初めての谷川岳ということで気持ちが高ぶって寝る気にもなれなかったのでしばらく休んでから出かけることにした。持参のパンを食べ、缶コーヒーを飲んでから午前3時に土合駅を出発した。
西黒尾根の登山口までの30分は車道を歩く。ロープウェイの駅まではところどころ灯りもあり、そこそこまわりは見えたが、そのあとは山道になって暗くなり登山口を見過ごす心配があったので懐中電灯をつけて歩く。登山口はロープウェイの駅を過ぎてヘアピンカーブを回ほど回りこんだ先の左手にあった。午前330分に谷川岳にとりつく。


行 程

土合駅

西黒尾根

トマノ耳

オキノ耳

一ノ倉岳

茂倉岳

矢場ノ頭

土樽駅

距離     : 14.6km
最大標高差: 1,389m
累積標高  : 1,494m
 
天 候

晴れ

原典:気象庁「天気図」、加工:国立情報学研究所「デジタル台風」 

山行記録

真っ暗な登山道を懐中電灯を照らしながら登って行く。のっけからの急登だった。
天気は良さそうだが湿気があり蒸し暑い。すぐに全身汗だくになる。やがて鉄塔のある平地に出て一休みする。
後にも先にも傾斜の緩やかなのはこの辺りだけで、あとは急登につぐ急登だった。
歩きつづけて午前時ごろになると森林限界に達し、夜明けも近づいたようでようやく明るくなってきた。
登山道がごつごつした岩だらけの道になり傾斜もきつくなって尾根の南斜面に出たところで不意にまわりの展望がひらけた。
西黒沢越しに天神平のロープウェイの駅が見えた。こことほぼ同じ高さだった。
日の出も間近で、湯桧曽川を隔ててそびえる朝日岳、白毛門の上空が明るさを増して来る。

西黒尾根で迎えたご来光。

さらに岩まじりの急斜面を登り尾根上に出ると、
突然壮絶な岩壁を鎧のように纏った岩峰が目の前に現れた。

マチガ沢を隔てて見える谷川岳本峰だった。
それは何の予備知識もない無垢の頭の中にいきなり飛び込んできたのだった。
かつて残雪の小倉尾根から越後駒ヶ岳に登ったときこれに近い経験をしたことがあるが、
この時の衝撃はそれをはるかに上回るものだった。

朝日に染まった谷川岳.

さらに岩尾根を登って行き、ラクダのコブや氷河の跡、ザンゲ岩などと呼ばれるところを越えて行った。

トマノ耳とオキノ耳も間近になってきた。

振り返れば登ってきた西黒尾根が一望できた。

肩の広場に着いたのは午前7時少し前だった。
肩の広場からトマノ耳まではさして時間はかからず、午前7時に到着した。歩き始めてちょうど時間だった。


雲一つない好天気だったが、遠くは霞んで見通しはあまり良くなく、
わずかに尾瀬の至仏山や燵ヶ岳がそれと認められる程度だった。

しかし西側にはオジカ沢ノ頭から仙ノ倉山、平標山へと続く谷川連峰の峰々が望まれた。

北にはこれから行くオキノ耳、一ノ倉岳、茂倉岳が続いていた。
山頂を一人占めし、至福の時を過ごした後、午前730分にオキノ耳を目指して歩き始めた。


トマノ耳からの一ノ倉岳と茂倉岳。

茂倉岳から一ノ倉岳と谷川岳を振り返る。

シーズンには賑わう谷川岳もこの時期はあまり人影は見えず、オキノ耳と一ノ倉岳の鞍部付近ではじめて人とすれちがった。
鞍部で少し休んでから一ノ倉岳を登る。急な道だが登りは短く、午前8時40分に山頂に着いた。
山頂は小広い平地だがまわりの笹が邪魔して視界はあまり良くないので早々に茂倉岳に向かった。
起伏の少ない尾根道を20分ほど歩いて茂倉岳に着いた。


茂倉岳から見たオジカ沢ノ頭

茂倉岳からは武能岳、大源太山など谷川連峰北部の山々が良く見えた。
また南側には雲は多いながらも谷川岳本峰から平標山に続く峰々が見渡せた。

茂倉岳からの万太郎山。右奥にエビス大黒ノ頭と仙ノ倉山。

連峰の縦走は茂倉岳までで、ここから茂倉新道を土樽まで下る。
午前930分に山頂を辞し、頂上直下の真新しい避難小屋で少し休んでから下山を開始した。
小屋から矢場の頭を過ぎて樹林帯に入るまでは照りつける太陽を遮るものがなく頭がくらくらした。
樹林帯に入ってもあまり風がなく暑い。木の根が多く歩きにくい道でもあり、また未明から歩き出した疲れも出てきて時間の割にあまり進まない。
足をがくがくさせながら登山口に下りついたのは午後時ごろだった。そこから土樽まではさらに車道を30分歩く。
途中山あいから流れ出る冷たい水を飲んだときは生き返る思いがした。

 帰りは上りの電車の接続が悪かったため越後湯沢まで行き、そこから新幹線で東京に向かうことにした。
土樽のホームから見た谷川連峰はすでに雲の中だった。



コースタイム
(休憩を含む)
土合駅(3:00)−西黒尾根登山口(3:30)−トマノ耳(7:00-7:30)−一ノ倉岳(8:40)
−茂倉岳(9:00-10:00)−茂倉新道−登山口(13:00)−土樽駅(13:30)

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